チャールズ1世 |
ネルソン提督の向いてる方に
チャールズ1世の銅像があります。
市民革命(清教徒革命)で負けて、処刑されてしまいました。
ここからまた、南に200mほど下がったところに
バンケッティング・ハウスがあります。
昔のホワイトホール宮殿で、その前で
その処刑の朝、
チャールズ一世はシャツをもう一枚用意させたそうです。
それは、近くのセント・ジェームス宮殿から
このホワイトホール宮殿に歩いてくるときに
寒くて震えてしまうのが、
処刑が怖くて震えてると思われないようにするためです。
ちなみにこのバンケッティング・ハウスには
Banquesting House
パウル・ルーベンスの素晴らしい天井画があります。
チャールズ1世を処刑したのは
市民戦争に勝った
オリバー・クロムウェルです。
国会議事堂の前にその銅像があります。
処刑されたチャールズ1世の顔の銅像。
死んでからも対峙してる。。。
ウエストミンスター寺院の隣です。
(ちなみに、この3軒、ウエストミンスター寺院、
セント・マーガレット、国会議事堂で、世界遺産に
登録されています。)
オリバー・クロムウェルは向いのウエストミンスター寺院に
埋葬されました。
が、
のちに王政復古があって、
チャールズ1世の息子チャールズが
チャールズ2世として即位します。1660年。
王様チャールズ2世がまずしたことは、
父を処刑したオリバー・クロムウェルの墓をあばき
遺体を絞首刑にし、首を跳ね、さらし首にしました。
それで、話は、最初のチャールズ1世の銅像に戻るんですが、
その、チャールズ1世の銅像のあるその場所で、
チャールズ1世の処刑令状に署名した人たちを
処刑しました。
この銅像は、1630年頃
チャールズ1世を賞賛するために作られたそうです。
動じないチャールズ1世。
この王様はちょっと小さい人だったようですが
大きな馬にまたがって威厳のあるように見えます。
同じように、ヴァン・ダイクが描いたチャールズ1世の絵も
後ろのナショナルギャラリーに展示してあります。
Van Dyke/ Chales I
この騎馬像の台座はクリストファー・レンです。
セント・ポール大聖堂を建築した人です。
台座も凝っていて素晴らしいですね。
雨風でかなり浸食してしまったようですが。
オリバー・クロムウェルの時代に破壊される運命。
と思いきや、これを買った人がいました。
「この騎馬像を溶かして鍋釜にするならば」、
という条件付きでクロムウェルから買い取りました
ジョン・リヴェットさんは
自宅の庭にこれをずっと隠し持っていて、
チャールズ2世が王政復古したときに、
「王様、それがし大変素晴らしい物を持っています。」と、
この彫刻を王様に売りました。
(献上したんじゃ無いんだ、ね。)
それで、また元の場所に戻ったということだそうです。
そして、今でもチャールズ1世は処刑された
バンケッティング・ハウスのほうを見つめてるのです。
ここはロンドンの地図を測る基点です。
ここから、測量して行くのですね。
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