ヘンリー八世と6人のお妃 1番目と2番目 |
離婚したかったのはキャサリンの侍女をしていた
アン・ブリンと結婚するためです。
アン・ブリン
アン・ブリンはフランスの宮廷で行儀作法を学び
とってもファッショナブルで宮廷にセンセーションを巻き起こしました。
肖像画からも アンがファッショナブルだったのがうかがえますね。
ブリン家の B がおしゃれなペンダントですね。
ヘッドドレスも屋根のようなキャサリンのかぶり物より、
アンのほうが素敵。
髪の毛が真ん中分けですが、この分け目を
見せるのも、当時のファッションだったようです。
アン・ブリンを見初めたヘンリー八世ですが、
アン・ブリンは王様の奥方でなければ
絶対イヤっと ヘンリー八世を引きつけては拒絶。。。
それは姉のメアリーがヘンリー八世の妾になっているのをみていたので、
ただの妾で捨てられて終わりたくなかったからです。
男の子の世継ぎを約束し、
何年も気持ちを引きつけ
ついに離婚に持ち込ませて、結婚、出産するも
生まれたのはまた女の子(のちエリザベス一世)。
のち、男の子を流産し、その辺りから亀裂が。。。
アン・ブリンは気性が激しく、侍女を平手打ちしたりして、
宮廷でも人気がなかったようです。
流産したあたりから、ヘンリー八世をつなぎ止めるため
必死だったようですが、
ヘンリーの気持ちはアンの侍女のジェーン・シーモアへ。
アンを退けるため、まず、
魔女裁判にかけます。
アンは、小指の横にもう一本の小さい指?が生えていたそうで、
よく6本指だったと言われています。
それを理由にするも、魔女裁判にはムリがあったようで無罪。
この辺りの細工にトーマス・クロムウエルが関わっているようです。
この間の『ウルフ・ホール』の劇でも、
ヘンリー八世に
『なんとかしろよ!!!』と命令されてました。
なんとかしないことには、
トーマス・ウルジーのように
自分が失脚してしまいますからね。彼としても必死です。
その後 姦通罪に問われ裁判。
アンに関わった数人(無理矢理揃えたって感じです)が処刑されました。
アン・ブリンも有罪となり、ロンドン塔で処刑されました。
初めから有罪が決まってたのではないかと言われます。
それは、イギリス式の処刑は斧でしたが、
フランス式は当時、剣を使ってたそうです。
アンはフランスの宮廷育ちでしたから、
フランスから首切り役人が呼ばれました。
処刑が決まってから役人を呼んでも一週間以上かかるはずなのに、
処刑のときにはすでにいたそうです。
初めから用意されてたのではないかと言われてます。
アン・ブリンの処刑から一週間後、
ヘンリー八世はジェーン・シーモアと結婚しました。
(早っ!)